公益社団法人 広島交響楽協会 広島交響楽団 音楽総監督 下野 竜也

広島県を本拠地とする広島交響楽団。
県民からは“広響”と呼ばれ親しまれ、
広島東洋カープ、サンフレッチェ広島と並ぶ
「広島の3大プロ」として知られる。
そんな広響の音楽総監督・下野竜也氏に
前田社長が迫る。
広島の市民の力で生まれた
愛されるオーケストラ
前田
下野さんのことは以前、広島テレビでお見かけしました。私自身、クラシック音楽にはあまり詳しくないのですが、番組を見て感銘を受け、一度お話を伺いたいと思っていました。広島交響楽団(以下 広響)について、改めて詳しく教えていただけますか。
下野
広響は1963年に「広島市民交響楽団」として発足しました。広島だけの楽団を作りたいと市民の方が立ち上がり結成された、広島市民の力でできたオーケストラです。1970年に現在の名称「広島交響楽団」になり、中国地方では唯一常設のプロオーケストラです。
前田
広響といえば、広島東洋カープ、サンフレッチェ広島と並ぶ広島の3大プロとして有名ですね。
下野
スポーツと音楽で分野は違えど、プロとして市民の皆様から応援いただいているのは本当にうれしいことです。広島のように街がオーケストラを盛り立ててくださるというのは、全国的に見てもなかなか無いことだと思います。美術館や野球場に行くような感覚で、オーケストラを聴きに行くことを選択肢の1つにしていただけるだけでも大きなことだと思っています。
前田
86歳になる義理の父はクラシック音楽が大好きなんです。自宅をリフォームして両親は1階に住んでいるのですが、毎日クラシックをガンガンかけています(笑)。コンサートを聴くために夫婦で国内外を旅行したりもしています。
下野
クラシックはコンサートホールという日常と違う場所に身を置く、非日常を体験する楽しさもありますね。
信頼して人をまとめる
指揮者と経営者の共通点
前田
音楽の指揮者とはどういったお仕事なのか、下野さんが指揮者の道に進まれた経緯などをお聞かせいただけますか。
下野
私は鹿児島市の生まれです。両親とも音楽とは無縁の仕事で、クラシックの「ク」の字もないような家庭でした。それが小学3・4年生のころ、部活動で上級生がトランペットやホルンなどの金管楽器を演奏しているのを見て「ピカピカしてかっこいいな」と。自分もやってみたいと思いました。トランペットに出合って音楽の魅力に引き込まれ、吹奏楽部に入り、あるときふと前を見ると棒を持って踊っている人がいて(笑)、指揮者です。面白そうだな! と思いました。子どもながらに思ったのは、同じ曲でも指揮者が違うと曲の雰囲気が違うなと。地元の国立大学の教育学部音楽科に進学しましたが、指揮者になりたいという思いが断ち切れず、覚悟を決めて上京しました。
前田
指揮者の仕事ってどんなものなのでしょうか。
下野
指揮者って音楽家の歴史の中でも1番新しい仕事なんです。もともと必要のないものでしたが、オーケストラが大きくなると、意見が分かれたりテンポが合わなくなったりしてきます。そこで演奏せずに合図を出す指揮者という役割が生まれたんです。
前田
合図には決まったものがあるんですか?
下野
実は指揮者って演奏会の時点では、既に8割くらいの仕事は終わっているんです。練習の最初にこの曲をどういう風に演奏するか、指揮者がオーケストラにプレゼンテーションを行います。あとは練習の中で少しずつ修正していき、演奏会のときには完成しています。それを身振りや合図で伝えています。踊っているように見えますけど、頭の中は楽しんでいる余裕はないですね。
前田
なるほど。次から演奏会に行くときはそういう目で見直してみます。
下野
楽曲に対して100人いれば100通りのイメージがあります。あの有名な小澤征爾さんでも「オーケストラの中に支持してくれる人が4割いたら成功」と仰っています。
前田
私は27歳で独立して、社員を持ち、経営を我流でやって来ました。ひたすら本を読んで勉強しましたが、よく話に出てくるのが「オーケストラの指揮者のように」という例えです。今お話を伺って、その例えの言わんとするところがつかめてきたように思います。
下野
経営者も指揮者も、自分で音を出したり、自分が現場で動くわけではないですよね。信じて任せないといけない。若いころはなかなか妥協できなかったのですが、今はある程度の方針が同じ方向を向いていれば一緒に楽しめるようになった。そうすると、相手の音がちゃんと聞こえてくるんですね。自分が指示することに必死で聞こえていなかったんだなと、最近やっと思えるようになりました。
常識にとらわれず、
多くの方が音楽を聴ける機会を
前田
今後、広響ならびに広島とクラシック音楽を、こういう風にしたいなということがありましたらお聞かせください。
下野
広響を広島の人に知っていただく。演奏会に来ていただけるような活動にも、さらに力を注いでいきたいです。
前田
下野さんが本誌にご登場くださることで、広響に興味を持って演奏会に来られる方が増えれば、私としてもうれしいことです。
下野
ありがとうございます。少し話が逸れますが、着任前に海外で広響の指揮者になると話したら「とても大切な街のオーケストラの指揮者になるんだね」と激励を受けました。広島の皆さんと共に平和へのメッセージを発信することはもちろんですが、その前に“オーケストラがある”ことがすなわち「平和だ」ということなんですね。
前田
その通りですね。小・中・高と学校で音楽鑑賞教室を開かれていると伺いました。
下野
はい、大切な仕事の1つです。テレビやネットで音楽が手に入る時代ですが、やはり生でその場に行って聴くからこそ感じていただけるものがあります。今は美術や音楽の授業が減っているところもあると聞きます。心地良いものに触れて感受性を豊かにしてほしいと思います。
前田
私も小学校以来あまり触れてこなかったのですが、今日お話を伺ってこれから機会を増やしたいと思います。
下野
前田社長のように忙しい方のためのコンサートもやりたいと思っています。いろいろな方に演奏会に来ていただけることを考えていきたいです。
前田
期待しております。今日はどうもありがとうございました。
公益社団法人 広島交響楽協会 広島交響楽団 音楽総監督
下野 竜也
1969年鹿児島県生まれ。鹿児島大学教育学部音楽科を経て桐朋学園大学音楽学部附属指揮教室で学ぶ。ウィーン室内管弦楽団、チェコフィルハーモニー管弦楽団など国際的にも活躍。2013年から2017年3月まで読売日本交響楽団首席客演指揮者。2017年4月、広島交響楽団音楽総監督に就任する。